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ライフセーバーのための気象予報講座⑥〝いざ、全日本本戦〟2015/10/09

Weather Information for Lifesavers

全日本直前!
当日の気象状況はどうなるだろうか?
波はあるのか? 風は強いのか? 暑いのか? 雨は降るのか?

選手たちはもちろん、大会関係者にとっても大いに感心のある当日の天気を、我らが気象予報士・松永 祐さんと一緒に予報していこう。(LSweb編集室)

文・写真=松永 祐(九十九里LSC/サーフ90鎌倉LSC)




全日本本戦の天気は!?

39th全日本本選2日目_016 さぁ、明日から始まる第41回全日本ライフセービング選手権大会本選。ライフセーバーの一年の区切りともいうべき大会を前に、SNS等からは選手たちの余念のない最終調整の状況と気持ちの高揚が聞こえてくる。

 それと同時に運営の最終確認、準備片付けやブイ張りの綿密な段取り(時々バタバタ感)も感じられる。あとは、当日、全力で安全に終わるのみだ!

 先週末からはすっかり秋が深まり、朝晩は海に入らなくてもひんやりとしてきた。ここまで毎日すっきりとした秋晴れなのに、大会一日目のお天気マークはなんと「くもり時々雨」。しかも関東だけ……。ガッカリだが仕方がない。

37th全日本安全課_016 では、どんな「くもり時々雨」なのだろうか。空にはどんな雲が広がる? 海面の波立ち具合は? じっとしていると寒い? スプリントは追い風? 向かい風?
 そんなことを頭に入れながら、できるだけ具体的な風景を思い描けるように事前にイメトレしたい。

 今まで5回にわたって天気予報のイントロを話してきた。細かい予想を立てるためには、まだ解説しないといけないことは多いが、これだけでも皆さんである程度の予報はできるようになったと思う。早速、「予報のリレー」を試し、お天気マークの裏側を見破ってみよう!

 そして当日残念ながら会場に行けない方々、同じように予想してみて遠くからでも臨場感を味わってみよう!


「予想天気図」を手に入れよう

2012全日本2日目_027-2
 この時間(原稿を書いているのは大会2日前)になると、いろいろなお天気サイトで大会当日までの「予想天気図」が出る。気象庁のスーパーコンピューターが気圧配置のシミュレーションをしてくれて、その結果を分かりやすく図にしてくれたものだ。

 ただ、ここで少し注意が必要。お天気サイトでは1週間分程度の天気図を並べて「週間天気図」として掲載しているものがある。これは少し先のことを知るためのシミュレーション方法が採用されていて、更新時間も異なり、これから皆さんと進める「予報のリレー」には不向きだ。

 そのため、「24時間予想図」や「48時間予想図」といった24・48時間後(一部72時間後まで掲載しているものもある)と“時間”レベルで指定された予想天気図を見つけよう。検索サイトで「24時間予想天気図」と検索すれば、間違えることはほとんどない。


「予想天気図」を解読しよう

気象庁発表の10月10日午前9時 予想天気図

気象庁発表の10月10日午前9時 予想天気図

 10月10日と11日の予想天気図を手に入れられただろうか。ついでに、昨日~今日の天気図も手に入れてみよう。すると、この4つが目立つはずだ。

①日本の東(右)の太平洋上の高気圧
②日本の西(左)に高気圧
③10日から11日にかけて、ロシアから北海道付近に進んでくる低気圧
④11日に日本の南にある前線
 日本付近は、その2つに挟まれているが特に目立ったマークはない。





気象協会発表の10月10日午前9時 予想天気図

気象協会発表の10月10日午前9時 予想天気図

気象協会発表10月11日午前9時の予想天気図

気象協会発表10月11日午前9時の予想天気図




 まず、お天気マークを検証してみよう。
 
 高気圧の間ということは、低気圧っぽいところだ。しかし、等圧線でぐるぐると囲まれた低気圧は描かれていない。そして、日本の南海上から日本付近にかけて等圧線が少ないが、その等圧線を注意深く風が吹く向きになぞると、①の高気圧と③の低気圧を周る風が関東付近で集まるようにも見える。風が集まると、たしか上昇気流により雲ができるのだった。とはいえ、風の集まり具合が弱いと、雨雲は大きく・強くは発達できない。
 
 ただ、この低気圧と風が集まるエリアはゆっくりと東に動き、日本から遠ざかっていくようにも見える。

 次に風。昨日~今日は台風の影響もあり東日本に3本の等圧線があった。北風が強かっただろう。3本分であれだけ強い風が吹くのだ。予想天気図では、周囲にほとんど等圧線がない。また、既に秋の冷たい空気があるため、朝晩は冷えそうだ。

 まだ連載では解説していないが、陸が冷えると陸風が吹くとベーシック講習会でも習っただろう。そんな風の動きも気になる。ただ、風についてはその地域の地形の影響を受けやすい所は注意が必要だ。

 肝心の波。波の起源は沖で吹く強い風だ。しかし、予想天気図では沖(特に神奈川の南)でも等圧線はあまり描かれていない。

 1枚の天気図から、このようなことを連想してみよう。少しはどのような「曇時々雨」なのかが見えてきたのではないか。時間があったら第5回の台風の時に紹介した衛星画像で雲があるエリアも見てみよう。


アメダス ~“体感”の観測装置~

アメダス 今までの連載で、天気予報の武器として天気図、気象衛星、雨雲レーダーというものを紹介してきた。これらの特徴は広い範囲の状況を一瞬にして把握できるという特徴がある。

 そこにもう1つ、新しい観測装置を紹介しよう。「アメダス」だ。正式には、Automated Meteorological Data Acquisition System(地域気象観測システム):AMeDASという。全国に約1300か所もあり、単純計算すると17km間隔で観測をしていることになる。
 このアメダスは24時間265日連続して、その場所の気象状況を観測し続けてくれている。現場に一番近い観測システムなのだ。このデータは天気図や気象衛星と皆さんの“体感”をつなぐ大きな武器になる。

 本選の会場から西へ約2.5km、辻堂海浜公園内の海から松林を越えて100mくらい内陸に入ったあたり。ここに会場最寄りのアメダスがある。松林を挟んでいるだけビーチより風が弱く気温が高いかもしれないが、おおよそ本選会場と類似の状況を観測している。



気象庁HP内にあるアメダス(辻堂)のデータ


“この前練習した時”のコンディションはどうだった?

37th全日本安全課_015

 春以降、もちろん皆さんは海で何度も練習をしているだろう。その時の気象条件はどうだっただろうか。

 走ったら意外と暑くて……とか、意外と風が強くて……と感じたことがあるかもしれない。その時の気温は? 湿度は? 風力は? 一度これらを調べてみよう。未来の本選の気象条件を体感した人はまだいない。そのため、アメダスの過去データも基にして、本選の体感を予想してみよう。



スキーゴール 例えば、先週の土曜~日曜日の片瀬西浜。朝晩は涼しいものの、日中は日差しがあり汗ばむほどの暖かさになった。ボードを漕いでいても暑い、ビーチも砂がやや暑くなるようなコンディションだっただろう。さて、その時の気象状況はどうだったか。最寄りの辻堂アメダスのデータを見てみよう。

 例えば土曜日の朝9時に練習をしていたら、辻堂アメダスでは南の風1.8m/s、22.5℃、晴れ。といった具合である。そこに日差しがしっかりと照った結果が、練習時の体感だ。

 ただ、辻堂アメダスには体感に重要な湿度の情報がない。ここは、予想天気図に戻って情報を得るしかない。当日の天気図から読むと、日本の真上から中国大陸にかけて高気圧がある。大陸とつながっている高気圧はカラッとした空気で湿度が低いのだ。そして、南の海上には等圧線がたくさん描かれているエリア(風が強いエリア)がない。そのため、波はほとんどなかった。

 しかし、今回の大会はさきほど天気図を基に想像したとおり。過去に想像に良く似たコンディションで練習したことはなかっただろうか。天気予報で予想気温は出ているので、今回照会したような方法で、さきほどイメージしたような天気の時に練習した記憶があれば、その日のコンディションのデータを見てみよう。その時よりも寒そうか、暖かそうかといったより具体的イメージの手助けになるはずだ。

39th全日本本選1日目_034 2日目の表彰式、果たして夕日は総合優勝チームを照らしてくれるだろうか。選手の皆さんのご検討をお祈りしたい!


    
 
[プロフィール]

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松永 祐(まつなが・ゆう)

九十九里LSC/サーフ90鎌倉LSC所属のライフセーバー。

大学4年時の2005年に気象予報士資格(第5292号)を取得。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)に勤める海のエキスパートであり、競技会を支える安全課のメンバーの一人でもある。


 
    












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ライフセーバーのための気象予報講座⑤ 〝台風〟2015/09/10

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今年は夏前から日本に台風が接近していたが、9月になれば本格的な台風シーズンの到来だ。

九十九里LSC所属の松永 祐さんによる好評連載「ライフセーバーのための気象予報講座」も5回目。

今回は台風のメカニズムについて改めておさらいしよう。(LSweb編集室)

文・写真=松永 祐(九十九里LSC/サーフ90鎌倉LSC)





台風は低気圧の仲間

LSweb 台風と聞けば、ついイイ波を期待してしまうが、波、風、高潮など命に関わる大きな被害をもたらす自然の脅威でもある。一方、直接的、また間接的に恵の雨をもたらしていることも事実だ。

 ところで、「台風」「ハリケーン」「サイクロン」と聞くと、皆さん大荒れの天気を思い浮かべるだろう。これらはすべて「熱帯低気圧」というものである。

 第3回で紹介した低気圧の一種だが、日本付近で年間を通じて晴れたり雨を降らせたりする「温帯低気圧」とはまったく性質が違う低気圧だ。(「温帯低気圧」もいい波を当てるには重要だが、それはまた後日!)

 熱帯低気圧とは、その名の通り日本のはるか南の熱帯の海上で発生する低気圧だ。ただ、中心の気圧は極端に低い。そのため、反時計回りの風は格段に強い。

台風は、「台風が発生」する前に発生している!

 台風の生みの親は、皆さんが監視している海である。

 東京湾から沖縄にかけての海水浴場では、晴れたに日は水温が30℃近くになることもあるだろう。このぬるま湯状態の海水が、熱帯地域には一面に広がる。そこではたくさんの水蒸気が空気に供給されているのだ。

 熱帯地域で水蒸気をたくさん含んだ湿った空気に、さらに強い日差しも降り注ぐと、大気が不安定(第4回を見てみよう)になる。これは積乱雲が発達する好条件だ。

LSweb しかし、ただ積乱雲が発生しても、そう簡単には台風にならない。まず、熱帯地域特有空気の動きにより、一か所に集中的に発生する。そこでは、上空10kmまでの風が弱いことが重要だ。

 しっかりとした積乱雲の集団ができると、上昇気流が強くなり、周りから空気を集め反時計回りに回り始める。この渦がしっかりすると、熱帯低気圧の完成である。

 熱帯低気圧は引き続き広い海からたくさんの湿った空気を集め、どんどん発達する。そして中心の最大風速が17.2m/s(34ノット、風力8相当)になると「台風」と呼ばれる。

 気圧の低さは台風の基準ではないのだ。この段階になって初めて天気予報では「台風が発生しました」と報道される。
 ただ、先を読みたいライフセーバーは、この報道の前に台風を察知したいものだ。

台風の卵を見つけよう!

 第3回で天気図の話をしたが、実は天気図からはこの発生は読み取れない。台風の卵を見つけるには、気象衛星から撮影された雲の画像を使用するのが効果的だ。

 皆さんにも分かりやすいサイトの一つがこれだ。『高知大学気象情報頁』
 ここには、地球全体や熱帯域の雲の画像が見やすく、比較的リアルタイムで更新されている。

LSweb こうしてみると赤道域には、白く写る雲がたくさんある場所と、雲があまりない場所がある。

 実はこの雲が多いエリアは30~60日周期で地球を回っている。マッデン・ジュリアン振動と呼ばれており、インド洋で雲の集団が発生し、ゆっくりと西に進み太平洋に到達するように見える地球規模の現象だ。

 この雲集団の発生メカニズムは海水温の変化、水蒸気収束帯の南北移動等様々な影響によると言われており、今ホットな研究対象になっている。

 この雲の集団が日本の南や南東にあると怪しい傾向だ。そして、雲集団には白い雲が筆で擦ったように尾を引いているものと、そのような尾がなく輪郭がごつごつしているものがある。尾を引いている部分は、その方向に上空の風が吹いていることを表していて、それがない部分は上空まで風が弱い。

 赤道真上では台風は発生できないので、北緯5°より北で「輪郭がごつごつした雲集団」が見えたら、台風の卵である可能性が高い。

台風の行き先は誰が決める?

LSweb さて、頻繁に台風が接近・上陸する季節になったが、進路予報を見ると綺麗な右カーブを描いているもの、ころころと左(西)へ向かうもの、あるいはさまよっているものと、十人十色だ。この進み方は誰が決めているのか。

 黒幕は太平洋高気圧と、偏西風である。太平洋高気圧は日本の南東にあり、夏になると大きく膨らみ、晩秋にはなくなる。そして台風を寄せ付けない。

 偏西風は、日本の上空10kmくらいの飛行機が飛ぶ高度に吹く強い西風で、ぐにゃぐにゃ蛇行している。台風がこの風に乗ると一気に東に進み始める。

 この黒幕たち、夏の後半以降はかなりの気分屋になる。秋に残暑が厳しい時は、太平洋高気圧が大きく日本の上空まで膨らみ、偏西風は北海道よりも北を吹いている。

 しかし、8月も後半になると時々雨の日が現れ、さみしい気持ちになったことがあるだろう。この時、太平洋高気圧がしぼみ、偏西風が蛇行し一時的に南の方に移動している。

 太平洋高気圧が膨らんでいると、台風は発生しても赤道付近を西に進み続けるが、しぼんでいる時に台風が発生してしまうと、高気圧の縁を周るように北上し、日本付近に来てしまう。

LSweb そして偏西風が北寄りにあると、身を任せる風がないので台風は右へ左へとさまよい続け、偏西風が南下していると、台風は偏西風に身を委ね、東へと加速する。

 この組み合わせで台風の進路は決まる。これらの影響により、台風が沖縄方面に向かうと、太平洋側では西からのうねりが入り、西向きの海岸で特に波が上がる。そして、台風の風が反時計回りであることから、台風より東側の地域で、湿った風が南から入り続けることで、山沿いを中心に大雨になることがある。

 一方、日本に上陸せず、太平洋上を北上し東にそれた場合、東~南東からのうねりとなり、東向きの海岸で波が高くなる傾向になる。この場合、大雨にはなりにくいが、関東から東北地方太平洋側では、北~北東の風が吹き、季節外れの涼しさになることがある(南向きのビーチが波を楽しめる)。

なぜ詰め所が流される!?

LSweb 台風の接近に合わせ、詰所の前に土のうを積んだことがあるライフセーバーもいるだろう。もちろん、高波にさらわれないようにするためだが、干潮時刻にも水面がやたらと近かったのを見たことがないだろうか。実はこれ、風や雨に加えて、「高潮(たかしお)」が発生しているのだ。

 普段の監視活動の際、必ず朝イチで潮汐を確認するはずであるが、その潮汐は月や地球の位置関係から計算されたものだ。実際は、そう単純ではない。

 天気図には高気圧や低気圧の中心気圧が数字で記されている。だいたい1,000hPa(ヘクトパスカル)に近い数字が書かれている。気圧が低いのは空気が足りない証であった。もちろん、その時は周りから空気を補充するのだが、実はそれと同時に海水面も引っ張り上げている。

 1hPa下がると、約1cm海水面が上昇する。例えば950hPaの台風が直撃した場合、単純計算すると1000hPaの場合と比べて50cmも水位が上昇することになる。

 さらに風が強くなると、水は風に吹かれて風下に運ばれる。もし風下側に陸地があったら、寄せられた水はどんどん溜まってしまう。

 このように、気圧と風で大きく海面が上昇することで、普段は乾いているところでも波への対策が必要となるのだ。

 なお、高潮の発生が見込まれるとき、気象庁は高潮に関する情報を出す。高潮には、注意報、警報、特別警報の3段階があることも覚えておこう。

 また台風に関する情報は、気象庁のホームページでも公開されているので、興味がある人はぜひ一度は読んでみてほしい。

LSweb ただし、ここには「体験談」は一切書かれていない。そして、台風が来ると必ずといっていいほど、波にさらわれる人がいる。

 波の見た目の大きさが普段と同じでも、そのパワーは格段に違うことをライフセーバーは感じているはずだ。

台風が遠くにある段階から自分のビーチでのコンディションの変化をよく観察し、たまにしか海で遊ばない人たちにも海の変化を理解してもらえるよう努めたい。

 さてと……、今日は南の海の上に白い塊が育っていないだろうか。

※一部、現象を簡略化して説明しています。


    
 
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松永 祐(まつなが・ゆう)

九十九里LSC/サーフ90鎌倉LSC所属のライフセーバー。

大学4年時の2005年に気象予報士資格(第5292号)を取得。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)に勤める海のエキスパートであり、競技会を支える安全課のメンバーの一人でもある。


 
    





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最近ホットな救助機材、IRBって何?2015/09/04

Dissection of a IRB

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IRBという言葉や存在は知っていても、実態を良く知らないというライフセーバーは案外多いのではないだろうか?

そんなあなたも、この記事を読めばIRBの実態が把握できるはずだ。

サーフ90鎌倉ライフセービングクラブの松井宏泰さんによる、IRBの徹底解剖記事をお届けしよう。(LSweb編集室)

文=松井宏泰(SURF90鎌倉LSC)




日本では馴染みの薄いIRB

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レスキューだけでなく競技会のジャッジやコース設置にも欠かすことのできないIRB

 海水浴場開設期間が終了すると、ライフセーバーの夏は次のステージに移る。そう、“大会シーズン”だ。各地方予選、インカレ、全日本本選に加え地方オリジナルの大会と立て続けに競技会が続く。

 この競技会の時に、審判員を乗せて沖に浮かんでいる赤い船を見た選手は多いだろう。これが今回の主役、IRBだ。

 実はこれ、日本に十数艇しか無いため、大会会場でしか見たことがない人が多いかもしれないが、れっきとした救助器材であり、海水浴場のパトロールでも使われるべきものなのだ。

 今回は、この得体のしれないIRBとやらの魅力に迫ってみよう!

徹底解剖! IRB

 アイアールビー。発音からして謎な言葉である。

 正式にはこれ、英語名称の頭文字をとった略称で、Inflatable Rescue Boatの略称。直訳すると、空気膨張式救助船、というところだ。名前の通り、船の構造は、大きく二つに分かれる。

 一つは、空気で膨らませるゴム製の船体(写真の赤い部分)。人が乗り込む場所だ。この名称は「ポンツーン」という。足元の船底はラバーのクッション性のある素材でベルトがついていて、無理な体勢になっても足を引っ掛けられるため、船体がジャンプしてしまっても乗船者は飛ばされないのだ。

 船体後部には、ポンツーンで唯一固い「トランサムボード」という板がついている。船外機を取り付ける部分だ。

 そして、そこに付ける黒い塊が船外機。これが船を推し進める。船外機の推進力を発生させるプロペラ部分には、プロペラガードという安全器具が装着され、偶然水中でIRBの船底下に潜りこんでしまっても、プロペラによる巻き込まれ事故が起きないよう安全対策もしっかり施されている。

 ちなみに、船外機は、20〜25馬力の推進力があるものを使用するが、現在、日本国内では4ストロークエンジン(燃料はガソリン)しか入手できない。しかし、新規導入が少ないため国内では2ストロークエンジン(燃料はガソリンとエンジンオイルの混合)がいまだ主流である。

 その他にも救助船らしくレスキューチューブを装着するほか、荒波の中での操船にクルーが支えとする船首部から延びるロープ「バウロープ」や、転覆した際の復原に使用するロープなど、普通のゴムボートでは見られない装備も満載である。
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7月26日に進水した気仙沼LSCのIRB。赤と黄色のゴムボート部をポンツーン。船底にある黒いひも状のものがフットベルト。写真左上から延びる白いロープがバウロープ。写真右側に見える黒い塊がTOHATSUの船外機。船体後部にある船外機を取り付ける板がトランザムボード。撮影:松永祐

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SURF90鎌倉LSCの4ストローク船外機とプロペラガード。万が一、何かを轢いてしまっても、プロペラに巻き込まれることを防いでくれる。撮影:酒井いちろう。


IRBを動かすには?

 IRBは2人いないと操船ができない。

LSweb 一人は船の前方に乗る「クルー」。水先案内のほか、要救助者がいる時は救助や蘇生措置を行う。波が高い時にはボードの「ステイ」の時のように進行方向にアタックし転覆を防いだり、大会会場ではブイの設置・回収等も行う何でも屋だ。

 二人目は「ドライバー」。その名の如く操船の他に無線を持ち、陸とのコミュニケーションをとる。要救助者に近づく時にはセンチ単位での操船も行う、繊細な心の持ち主だ。

「いち早く救助に向かう」の考えのもと、ライフセービング競技にボードレースやサーフレースがあるのと同様、IRBもレスキュー機材である以上、競技会が存在する。

 IRBはオーストラリア、ニュージーランドをはじめ、世界的に活躍する救助機材の一つであり、ILSの国際ルールも存在する。

 オセアニア地区では、ライフセーバーが使用する動力系機材は今でもIRBが主流で、世界大会の一つの競技にもなっており、IRBだけの競技会も開催されていると聞く。YouTubeで「IRBレース」と検索してみれば、荒波に挑むたくさんの赤い船を見られるはずだ。
BPという石油会社がスポンサーになっている競技会の案内ページ。ちなみにニュージーランドのライフセービングクラブは74あるが、BPはそれらのクラブに合計で250艇のIRBを提供している

BPという石油会社がスポンサーになっている競技会の案内ページ。ちなみにニュージーランドのライフセービングクラブは74あるが、BPはそれらのクラブに合計で250艇のIRBを提供している

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RESCUE世界大会でのIRBレースシーン。オーストラリアなど南半球ではIRBレースが非常に盛んに行われている


IRBの現状—救助現場

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今年7月4日、シーバードジャパンのサポートを受け葉山LSCに導入されたPWC

 次に日本でのIRBの活用状況について見てみよう。

 ライフセーバーの主要な活動には、海水浴場監視活動、競技運営、競技会出場がある。

 まず海水浴場監視活動。近年、日本での動力付き救助機材は水上バイク(パーソナルウオータークラフト。以下、PWC)が主流となりつつある。

 そもそもはハワイアンライフガードによるレスキュー方法の開発と発展がきっかけだが、日本国内では一般社団法人ウォーターリスクマネジメント協会(WRMA)がPWCレスキュー公認資格を発行し、技術を普及させている。

 さらにシーバードジャパンという組織が立ち上がり、機材助成が充実してきたことなどが普及の要因としてあげられる。

 一方、本題のIRBは、国内のライフセービングクラブ17クラブで監視活動に運用されている(有志による調査結果)。

 しかし、IRBとPWCの配備割合をみてみると、IRB(回答36クラブ中11%)よりもPWC(同24%)が多いことが分かっている(JLAライフセービングシステム開発委員会まとめの2014年度活動報告書による)。

 このような状況をみると、IRBはPWCよりも救助機材としてデメリットが多いと考えられそうだが、本当にそうなのだろうか? IRBの利点を整理してみたい。

 IRBはPWCより速度は出ないし、大きな波に対しては突破力もない点がデメリットだ。

SURF90鎌倉LSCは七里ガ浜海岸のパトロールで運用している。危険航行するPWCを注意しに出動することがある。撮影:酒井いちろう

SURF90鎌倉LSCは七里ガ浜海岸のパトロールで運用している。撮影:酒井いちろう

 しかし、一度に4人(船体によっては5人)まで乗船できる。さらにラバー製で弾力性があり、要救助者にぶつかっても安全。
 加えて、意識のない要救助者をピックアップした際は、そのまま船上で心肺蘇生法を施すことも可能。こういった点は救助用機材としての利点であり、もっと認知され国内で普及してもおかしくないはずだ。

 ちなみに、筆者が所属するSURF90鎌倉LSCは、神奈川県鎌倉市七里ガ浜海岸で活動するクラブだが、これまでもクラブ内にPWC導入の議論がたびたび上るものの、現実的にはIRBしか運用できない。

 その理由は、倉庫のサイズに制限があるなかでボードなどの器材と一緒に格納可能(コンパクトで折り畳めば普通自動車でも可搬)、運搬の際に海岸と倉庫の3m近い高低差を上げ下げ可能(人間だけで運搬可能)、などの利点が上げられる。

 また、七里ガ浜海岸がサーフィンスポットということもあり、PWCが波を崩し、危険な運転でスポットに入ってくることが多かったためか、ローカルサーファーに受け入れられておらず、IRBのほうがレスキュー用の動力系機材として受け入れられている点も付け加えておきたい。

IRBの現状—競技会

ビブスを着用して審判中のIRBジャッジ。撮影:松永祐

ビブスを着用して審判中のIRBジャッジ。撮影:松永祐

 次に、競技会を見てみよう。

 オーシャン競技では必ず「IRBジャッジ」という役割が配置されている。この役割は、競技規則に則ってブイ設定を行うことに始まり、競技中は海上でのレースがルール通り実施されているかの審判、反則行為を見つけた際にはその連絡などを行っており、競技運営には欠かせない存在だ。

 また、「安全課」も同じテントを基地にして活動している。こちらは、 “Lifesaver of Lifesaver”と私が勝手に名付けているが、要は競技中の選手(ライフセーバー)の安全を守る係(ライフセーバー)だ。

 競技会の規模にもよるが、例年神奈川県藤沢市の片瀬西浜海水浴場で開催される全日本選手権を見てみると、両方の役割の総勢で30人くらいのメンバーが配置されている。

IRBジャッジ/安全課メンバーの全員集合写真。撮影:松永祐

IRBジャッジ/安全課メンバーの全員集合写真。撮影:松永祐

 ただ、これだけいるIRBジャッジ/安全課メンバーでも、IRBの操船をできる人数は1/4程度とみられる。

 この比率は、私の感覚では年々悪化している感があり、PWCを運用できる人材は増えているのに、IRBを運用する人材が増えていないという危惧がある。今後の大会運営を行っていくには、憂慮される状況だ。

 また、さきほど紹介したIRBレースは国内では行われていない。しかも、JLAから発行されている競技規則にも全く記載がない。
 今後、世界選手権へ出場を目指す人がいる場合に、技能を向上させる場がないということも、もう一つの憂慮される点なのだ。

近々、日本でもIRBレースが開催か!?

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全力で沖のブイへ。そこで素早く溺者役をピックアップしビーチへと戻る

 今年6月に鎌倉市由比ガ浜海岸で行われた、神奈川県ライフセービング選手権大会(以下、「KLF大会」)。開会式の横では、縦に2つのブイが2列配置され、IRBの前でイメトレに余念がない2つのチームの姿があった。西浜SLSC とSURF90鎌倉LSCのIRB乗りだ。IRBレースの幕開けである。

 開会式終了とともに、ホーンが鳴りスタート。年齢的な問題もあり、入水の迫力には欠けたかもしれないが、水際に浮かんでいるIRBに乗り込むと手早くエンジンを始動、全力で沖に向かった。

 そして1つ目のブイを360°まわり、さらに沖の2つ目のブイへ。そこで溺者役をピックアップ。一瞬の出来事だ。そして溺者役を乗せたまま全力で波打ち際に乗り上げ、ゴール。

 これは、国際ライフセービング連盟のIRB競技のルールに沿ったものだ。

 開会式に整列している選手からは良く見える距離で、迫力が伝わったのではないか。そこにMCの原田美樹さんと神奈川県ライフセービング連盟の前理事長 加藤道夫さんの解説が加わり、IRBの迫力がいっそう増大した瞬間であった。

 このIRBレース、今後の公式競技会でも実施される予定だ。

 実際、愛知県内海海水浴場で開催された種目別選手権大会で目撃した読者も多いだろう。これから始まる秋の大会シーズン。YouTubeで見たような、たくさんのIRBが海を駆けまわるシーンが見られるかもしれない!
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IRBレースのデモンストレーションは今後の公式競技会でも実施される予定

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デモンストレーション参加メンバー。西浜SLSC、ドライバー浜地、クルー橋本、ペイシェント(溺者役)長谷、SURF90鎌倉LC、ドライバー松井、クルー松永、ペイシェント竹花の6人


IRBをオペレーションしたいと思った、そこの君!

ニュージーランド大会IRB競技のコンピテンシーチェック(技術確認を兼ねた事前練習)。競技開始後も海況が大荒れだったため、この会場で競技は行わず、島の反対側の穏やかな会場へ変更になった

ニュージーランド大会IRB競技のコンピテンシーチェック(技術確認を兼ねた事前練習)。競技開始後も海況が大荒れだったため、この会場で競技は行わず、島の反対側の穏やかな会場へ変更になった

 各競技会のデモンストレーションを見て興味を持った君。

 「先ずは何をしたらよいですか?」と考えたと思うが、先ずは監視活動で運用しているライフセービングクラブに相談してほしい(IRBを所有しているクラブは後述)。

 また、近隣にそういった場や機会がない読者は、競技会のIRBジャッジ・安全課に参加してみてほしい。現在オペレーションしているメンバーがどうやってスキルアップしたのか、話を聞いて体験するのが一番だと思う。

 「あれ?操船には免許がいるんじゃなかった?」と言うあなた。全くその通りで、小型船舶2級の免許が必要だ。これはPWCを操縦する小型船舶特殊とは違い、講習の日数や試験の方法も違う。ただ、免許取得に着手するよりもまず、クルーでの体験が一番だと思う。

RESCUE98世界大会で田中さん(右)、増田さん(中)、筆者(左)との集合写真。競技前で若干緊張気味。この時のスポンサーもBP

RESCUE98世界大会で田中さん(右)、増田さん(中)、筆者(左)との集合写真。競技前で若干緊張気味。この時のスポンサーもBP

 そういう筆者もIRBをオペレーションしたい、操船がうまくなりたい、と思って競技会のIRBジャッジ・安全課に毎度のように参加して練習をさせてもらった。

 その時に技術を教わったのがJLAライフメンバーで一昨年亡くなられた田中裕さん。田中さんとは、1998年の世界大会RESCUE98ニュージーランド大会に一緒に出場もした。とても面白い経験で今でも良い思い出だ。

 それもこれも興味をもった時から始まって、今の私があるのだ。

 IRBをオペレーションしたいと思った、そこの君! せひ、IRBのあるクラブのメンバー、もしくは安全課テントに居るメンバーに声を掛けて、触れてみてほしい。今までと違うライフセービング活動が開けるはずだ。

現在、IRBを運用もしくは所有しているライフセービングクラブ及び団体

・下田LSC
・大竹SLSC
・大洗SLSCLSweb
・西浜SLSC
・柏崎LSC
・横浜海の公園LSC
・相良LSC
・榛原LSC
・SURF90鎌倉LSC
・SURF90茅ヶ崎LSC
・神津島LSC
・新島LSC
・岩井LSC
・神戸LSC
・愛知LSC
・気仙沼LSC
・バディ冒険団





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ライフセーバーのための気象予報講座④2015/08/21

Weather Information for Lifesavers④

LSweb気がつけば8月も後半。

夜が明けるのが遅くなり、日が暮れるのが早くなった。
でも、昼間は相変わらず暑い!

そして、最近なんだか突風やら豪雨のニュースが増えてきたような……?
そうだ、その原因をあの人に聞いてみよう。

九十九里LSC所属の松永 祐さんによる好評連載
「ライフセーバーのための気象予報講座」

4回目は夏の象徴の一つ積乱雲について。(LSweb編集室)

文・写真(イラスト)=松永 祐(九十九里LSC/サーフ90鎌倉LSC)





積乱雲の話

LSweb 青い空に沸き立つような白い雲。これぞまさに夏の象徴である。

 そんな日の海水浴場はまさに大忙し。そして遊泳時間が終わったら、沈みゆく夕日を横目に練習に汗を流す……。こんな気持ちの良い一日の締めくくりを迎えたいものだ。

 ただ、そんな贅沢な真夏の一日を遮る、もう一つの夏の象徴がいることを皆さんは知っているはずだ。夕立ちである。この夕立ち、しばしば雷を伴うため注意が必要だ。

 今回はこの夕立ちの仕組みを一緒に見ていこう。

「大気の状態が不安定」とは何だ!?

LSweb テレビやラジオのキャスターが、天気予報の最後にこんなフレーズをつけ加えることがある。もちろん、ウェブの気象コンテンツにも書いてある(お天気マークだけじゃなくて、注釈もちゃんと見てね!)。

「今日は上空に寒気(かんき)が入り、大気の状態が不安定になるため、山沿いを中心に雷を伴ったにわか雨が降るでしょう」

 毎日猛暑なのに、冷たい空気なんかないじゃないか! と思う人も多いかもしれない。このフレーズでの「上空」は、標高5,000mくらいのこと。地上と上空では、気温の変化が大きく異なるのだ。

 地表は、太陽が照って地面を温め、地面が空気を暖める。その結果、日中は気温が35℃を超えるような猛暑となり、夜はそれなりに気温が下がる。しかし、地面は上空5,000mまでを暖めることはできない。そのため、このような高さの気温は1日を通じてほぼ同じだ。

 しかし、たまに中国の北の方から切り離された冷たい空気が偏西風(日本の上空を吹く西風)に紛れ込むことがある。これが日本の上空に来ると、「上空に寒気が入り」の状況になるのだ。

 夏の本州付近の高度約5,000mの気温はマイナス3℃からマイナス6℃程度であるが、たった3℃低いマイナス9℃くらいの空気が来ると、「寒気」となる。上空で1℃変化することが地表へもたらす影響は大きいのだ。

 次は「不安定」の謎解きだ。LSweb

 空気は縦にも横にも動く。そして、暖かい空気は上に向かい、冷たい空気は下に降りる(連載の第2回を見てみよう!)。

 例えば、空高いところが比較的暖かく、地上付近が涼しい場合。涼しい空気は引き続き下に降りようとするし、暖かい空気は空高くに居続ける。そうすると、縦方向の動きは発生しない。これが「安定」である。

 逆に、先ほどのような寒気が入ってきて、空高いところが冷たく、地表が猛暑日のようにアツアツになったらどうだろうか。

 冷たい空気は下に降りようとして、アツアツの空気は上に向かおうとする。縦方向の空気の動きが発生するのだ。この縦方向の動きが起きやすい状態のことを「不安定」と言っているのだ。

要注意な夏の象徴“積乱雲”

LSweb 空気が縦方向に動き、暖かい空気が空高くに上昇する(上昇気流)と、冷やされて水滴を作り、雲を作る(連載の第2回を見てみよう!)。

 夏の地表の空気はとにかく熱い。そのため、気球が膨らんで離陸していくように、「不安定」な状態になると空気は暖まり次第、一気に上昇する。そうするとモコモコとした、夏のイメージにぴったりの積乱雲ができる。

 積乱雲の中は、上向きの空気のスピードが10m/sを超えることもあると言われている。10m/sといえば、ビーチにセットしたレスキューボードがひらひら舞ってしまい、1人で運ぶのはかなり難しいくらいの風だ。

 このペースで、高度10kmを超える程度の高さまで到達する。超単純計算すると、17分弱で高度10kmに到達できることになる。条件が整えば、積乱雲はこの程度の時間で形成されてしまうのだ。ここが積乱雲の最も怖いところだ。

 このような強い上昇気流により、雲の中では水滴がぐちゃぐちゃにもまれる。上昇気流に支えられているため、なかなか水滴は落ちて来られず、大きな粒に成長する。高度5,000mより上では夏でも氷点下のため、大きな氷の塊だ。

 さらに、冬にセーターをこすると発生する静電気のように、雨粒や氷の塊も擦れて電気をため込む。そして、ある一定の大きさになったところで支えきれなくなり、一気に降下する。これがゲリラ豪雨というあだ名もつくような積乱雲による雷雨である。そして氷の塊が融けないまま落ちてきたのが雹(ひょう)だ。

 空から降りてくるのは、雨や雷だけではない。空気も降りてくる。空気は縦にも横にも動く。雨や氷の通り道の空気が冷えて、一緒に落ちてくる。夕立前にひんやりした風が吹くのはこのためである。LSweb

 ただし、この「ひんやり」は序章にすぎない。積乱雲は、上昇気流で限界まで雨や冷たい空気を支え続け、上昇気流が止まった瞬間、一気に雨や冷たい空気を放出する。しかし、空気は地面に溜まったり、地面を通り抜けて地下に入っていったりはしない。

 そのため、空気は地表まで降りると四方八方に拡散する。「ダウンバースト」と呼ばれる現象である。屋根が吹き飛んだという被害のニュースを見ることがあると思うが、この現象が発生している可能性が高い。

 このようにして、積乱雲は急に極端な状況の変化をもたらすのだ。

行き先はどっちだ!?

 そして、もう一つ厄介なのが、その進行方向だ。

LSweb 積乱雲は空気中にある大きな柱だと思っていい。そのため、地表付近の風の影響も受けるし、上空10kmの風の影響も受ける。

 実は、一つの積乱雲の寿命は、数十分しかない。一つの雲の塊に見えても、その中で個々の積乱雲ができたり消えたりを繰り返し、雨を降らせ続けているのだ。こんな世代交代をしていることも、進路を複雑にする一つの要因である。「世代交代」はあまり聞いたことがないと思うが、ぜひ覚えてほしい。

 例えば、「不安定」な状況の中、地表付近が猛暑で南からの海風が吹いているところに、ほんの少し風が集まり空気が上昇を始めたとしよう。短時間で上空10kmまでの積乱雲ができる。

 成長しきったら、上昇気流に支えきれなくなった雨粒や冷たい空気が、一気に地表に向かい降りる。その空気は四方八方に拡散するのだが、一つ目の積乱雲の南側では、もともと吹いていた南風と一つ目の積乱雲から吹き出した冷たい風がぶつかる。

 するとそこに二つ目の積乱雲が発生する。そして、最初の積乱雲のあった場所には暖かい空気がなくなり、上昇気流ができなくなってしまうため、雲はなくなる。

 並行して二つ目の積乱雲が成長し、同じことを繰り返す……。一見、積乱雲は南に進んだようにも見える。しかし、二つ目の積乱雲が真南にできるか、すこし東にずれたところでできるのかは、その時にならないと分からない。さらに、上空の風が西風であれば、だんだんとその発生域は西に移動する。

この動画は、東京湾周辺に積乱雲ができた時の5分毎の雨雲レーダーだ。


 赤いところ(強い雨のエリア)がふらふらと彷徨っていたり、3コマ程度(15分)で何もないところから急に赤いマークが出現しているのが見えるだろう。

 積乱雲の大きさは直径10km程度のものが多く、非常に局地的な現象なので、天気予報で個々の積乱雲がどこに発生するかを予報するのは不可能だ(連載の第1回を見てみよう!)。

 積乱雲を見つけたら、目でしっかり雲を見つつ、最新の気象情報をチェックし対応しよう。

積乱雲を先読みしよう!

LSweb とはいえ、雷が落ちそうな危険な環境でお客さんを遊泳させるわけにはいかない。一方、雷注意報が出ているからといって、朝から一日遊泳禁止にするわけにもいかない。

 積乱雲が発生しそうないくつかの手掛かりをまとめておこう。最初の項目ほど、早い時間(朝のミーティングまで等)に仕入れられる情報だ。

1)天気予報で「寒気がある」「大気の状態が不安定」と言っている。

最初にお話ししたとおり、今日1日が積乱雲が発達しやすい環境であることを示している。

2)「雷注意報」が出ている。

個々の積乱雲が何時何分にどこで発生するかは予報できない。雷注意報は、「落雷等により被害が予想される場合」に気象庁が発表する。大雨注意報等は地域によって発表基準が異なるが、雷は全国ほぼ同じ。「雷警報」というものはない。

3)晴れているのに、もやっとして空が青白い。朝から風が弱く、風向きが安定しない。

雲のもとになる水蒸気が地表付近にたくさんある。このようなときは見通しが悪く、頭の上で雲が発達し始めても分かりづらいため要注意だ。

LSweb4)「雨雲レーダー」を活用する。

短時間で更新されるレーダーをスマホ等で簡単に見ることができる。積乱雲による雨雲は輪郭がごつごつとした丸い形で、何もないところの隣が赤色になっているという大きなコントラストがあるという特徴がある。ちなみに、だいたいのサイトでは強い雨雲ほど赤やオレンジで表示されている。

以下のサイトは5分毎の雨雲レーダーが無料で視聴可能。なお、更新は観測時刻の5分程度後である。積乱雲の発達スピードを考慮して活用しよう。

・気象庁雨雲レーダー
・国土交通省XバンドMPレーダー
・Yahoo天気 雨雲ズームレーダー
 
「ながらスマホ」に対する注意がいたるところでアナウンスされているとおり、スマホを見ると視野が非常に狭くなる。チームの他のメンバーに声をかける等して、海から目を離さないように活用しよう!

5)空を見よう!

個の規模の現象に対応できるのは、現場に居るライフセーバーだ。
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 ここまでに紹介した方法を駆使して、そして自分の目の前にあるもくもくとした積乱雲を良く見て、先取りしたビーチマネジメントをしてみよう!

 そして、積乱雲が近づいたら、雨と雷に加え、突風にも注意して、お客さんを誘導させよう。

※一部、現象を簡略化して説明しています。


    
 
[プロフィール]

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松永 祐(まつなが・ゆう)

九十九里LSC/サーフ90鎌倉LSC所属のライフセーバー。

大学4年時の2005年に気象予報士資格(第5292号)を取得。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)に勤める海のエキスパートであり、競技会を支える安全課のメンバーの一人でもある。


 
    





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海食快潮!
ライフセーバーのための食事学②
2015/08/12

LSweb

世の中はお盆休み中。
ライフセーバーにとっては最も忙しい時期だ。

強い日差しが照りつけるなかで、元気に活動できているだろうか?

元気の源は食事から。
ということで「快食快潮!」2回目をお届けしよう。

今回は「バランスの良い食事」について。
           (LSweb編集室)


文=篠田敦子(館山SLSC)





ビタミンB群に注目!

jelly_drink このところ毎日のように猛暑日といわれる、最高気温が35度以上の日が続いている。きっと連日のパトロールで疲れが溜まっている頃だ。

 ライフセーバーは監視業務の合間をみて、水分補給や昼食を摂っていることが多いと思う。皆さんはどんな食事をとっているだろうか。

 暑いとのど越しのよい「冷たいもの」や、手軽に食べられるものについ手が出てしまいがちになる。経済的な理由から「おにぎり3個」など、糖質ばかりを摂取する人も……。

 これでは、お腹が一杯になったとしても、栄養バランスの良い食事とはいえない。

 栄養バランスの良い食事というものは、主食(ごはん、パン、麺、シリアルなど。糖質が中心)、主菜(肉、魚、卵、大豆製品。タンパク質が中心のおかず。使われている部位や調理の仕方によって脂質も加わる)、副菜(野菜、海藻、きのこが使われているおかず。ビタミン、ミネラルが含まれる)がそろっている食事のこと。DSC_1815

 このほか、味噌汁やスープといった汁物、果物、乳製品などが加わることでさらに栄養のバランスが良くなる。

 右の写真は、とある日にコンビニで用意した昼食例だ。もう一品買うとしたら、あなたなら何を足すだろうか?

 前回も記載したとおり、糖質やタンパク質、脂質が身体の中でエネルギーに代わるにはビタミン、ミネラルが必要。これらの必要量は微量だが、糖質ばかりの食事でビタミンやミネラルが不足し、栄養バランスが崩れてしまうと、疲れが取れないということになりかねない。

 特に重要なのが、エネルギーを作るのに必要なビタミンBの仲間たち(これをビタミンB群という)。ビタミンB群はどれもエネルギー代謝に不可欠だ。

food_syougayaki ビタミンB群が多く含まれる食べ物の代表は、豚肉。夏に豚肉のしょうが焼きがよく似合うのも納得だ。

 しかし、毎日豚肉のしょうが焼きでは飽きてしまう。豚肉のほか葉物の野菜、納豆、豆腐、卵、牛乳などの乳製品、レバー類、ナッツ類、胚芽米や玄米もビタミンB群が豊富である。

 ただし、「▲▲さんに疲労回復には○○がよいと聞いたので、○○だけをよく食べている」とか、kunsei_cheese「ビタミン××がよいから××のサプリメントを買っている」という食生活より、「食事の中に●●を取り入れるように△△と〇〇をよく買うが、ないときは××のサプリメントを飲むこともある」というような工夫の積み重ねを心がけるようにしたい。

 例えば、飲み物の一つは飲むヨーグルトにする、ゆで卵をおかずに加える。おやつは、アイスよりミックスナッツ、おにぎりは雑穀のおにぎりを選ぶ……。これだけ今よりも栄養バランスの良い食事にすることができるのだ!

 さて、先ほどの昼食の写真、皆さんは何を足すことにしただろうか?
 私は、チーズを足そうと思いました!


    
 
[プロフィール]
篠田敦子(しのだ あつこ)

LSwebJLA公認サーフインストラクター 館山SLSC所属
元ライフセービング世界大会日本代表(2000シドニー大会)
管理栄養士/健康運動指導士

東海大学体育学部入学とともにライフセービングを始め、湘南校舎(CREST)在学時は、神奈川県内の海水浴場やプールでパトロール活動を行う。
現在は館山SLSCのメンバーとして、夏期のパトロール活動のほかトライアスロンやオープンウォータースイムのガード、小中学生へのライフセービングプログラムにも携わり、水にかかわる多くの人が、安全に楽しく活動できるよう努めている。東海大学卒業後、栄養士の専門学校に再入学。その後管理栄養士に合格し現在に至る。


 
    











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