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第38回全日本ライフセービング選手権大会 競技会レポート Vol.2
2012/10/12
2012.10.6-7 神奈川県・片瀬西浜海岸
古豪復活、湯河原LSC!
御年80歳のソーリーさんに献げる総合優勝
特別な思いを胸に秘め、決戦の舞台に集合した選手たち。
だが、勝負の世界で満足のいく結果を出すことができるのは、
一握りの選手たちだけだ。
敗者がいるから、勝者がいる。
今年の全日本でも、数々の名勝負が繰り広げられた。
その勝負の裏には、練習を共にしたものや、
一緒に戦ったものたちが共有する、深い思いがあったはずだ。
※大会終了後、ビーチフラッグス競技において集計ミスが発覚し、総合順位が入れ替わりました。JLAにより修正順位の発表が行われたのは10月15日。本稿は修正前の情報を元に10月12日にアップしたものであるため、一部、古い情報をベースとした記述があることをご了承ください。なお、成績表の総合順位は修正済みです。また集計ミスに関する記事は10月16日付けでアップしていますので、そちらもご参照ください。
総合成績の変更について
文・写真=LSweb編集室
砂上のチャンプ、海の覇者
個人種目は下克上の戦国時代
大会初日、ビーチスプリントの予選を終え、決勝への進出を決めた神戸友美(西浜SLSC)が、困ったような表情で口を開いた。
「西浜の砂って、こんなに表面がサラサラしていたかなって、ちょっと焦っているのです。砂を上手くとらえることができない。決勝までになんとか修正しないと、これはまずいです……」
午後から雨、という天気予報が見事に外れたこの日。昼過ぎからまぶしい太陽が照りつけ、残暑がぶり返したかのように、気温もぐんぐん上昇した。そんなコンディションで行われたビーチスプリントの決勝は、男女ともに学生陣と社会人が真正面から対決する、見応えのあるレースとなった。
男子は日本体育大学と中京大学の学生陣が表彰台を独占。優勝した石井雄大(白浜LSC)は、インカレ3位の雪辱を全日本で晴らした。インカレと同じく僅差の接戦に敗れ2位だったのは、中京大学の岡田浩平(愛知LSC)。3位には日体大の岩井寛文(鴨川LSC)が入った。
一方女子は、社会人2人が表彰台に上がった。優勝は2008年以来、4年ぶりに復活した池谷雅美(柏崎LSC)。2位は学生チャンピオンの日体大、山田未来(鴨川LSC)。3位には「これはまずい」と話していた神戸が入った。
「スタート後、前傾姿勢が保てたのが良かったです。体が起き上がっていたら、表彰台に登ることはできなかったと思います」
と、ほっとした表情で一言。
これまで共に練習してきた頼れる大先輩、池谷(旧姓:遊佐)は今大会から別チームに移籍しライバル関係に。地元で開始された全日本で、神戸は表彰台の一角を死守した。
初日とうって変わり、肌寒い天気となった大会2日目。朝一番に行われたのが男女の2kmビーチラン決勝だ。ハイスピードな展開となった男子のレースで、3年ぶりに優勝したのは浅見泰希(東京消防庁LSC)。現在、東京の麹町管区ではしご車に乗っているという浅見は、学生時代と遜色のない軽快な走りでゴールを切った。
ゴール直前で3位の新堀進吾(土肥LSC)を振り切り、2位と大健闘したのが高校生の河上尚輝(昭和第一学園高校LSC)だ。海が好きでライフセービング部に入ったという河上は、ヒーローインタビューで、
「つらいことも、楽しいこともありますけど、これだけは言えます。ライフセービング部に入って、後悔はしていないと」
と高校生とは思えない、しっかりした口調で返答していた。
一方、女子は鈴木さゆり(下田LSC)、河本桂奈(下田LSC)の下田勢がワンツーフィニッシュ。3位は佐々木聡美(西浜SLSC)が入った。河本はこれで4年連続の2位。
「悔しいけれど……、クラブの後輩が勝ってくれたので嬉しいです」
と、複雑な心境を口にした。
女子のサーフレースで、全日本初優勝を遂げたのが三井結里花(九十九里LSC)だ。2位は高校生の坂本佳凪子(西浜SLSC)、3位はベテラン毛利 邦(館山SLSC)。3人は11月にオーストラリアで開催される、世界大会の日本代表メンバーでもある。順調な仕上がり具合に、世界大会での活躍が期待される。
一方、男子のサーフレースでは、ロンドンオリンピック帰りの平井康翔(湯河原LSC)が昨年に続き優勝した。オリンピックの舞台で15位(オープンウォータースイム10km)の成績を残した平井だが、長距離が得意な彼にとって、サーフレース(約500m)は微妙な距離。しかも今年の西浜は遠浅のコンディションだ。イン、アウトでほかの選手が飛ばすと、苦しい展開となる。
実際、予選レースでは後続との差はあまりなかった。しかし、決勝レースでは2位以下をきっちり引き離して勝利。オリンピアンの実力を見せつけた。
「自分の競技人生でも、全国大会での連覇は初めてです。だからすごく嬉しい。今までは時間がありませんでしたが、来年からはライフセービングに本格参入し、ライフセービング界に良いボム(爆弾)を落とすことができればと思っています」
と言う平井。
そして、ライフセービング競技をやるからには、オーシャンマンのタイトルも獲りたいと宣言した。ライフセービング界にも旋風を巻き起こすか、注目である。
今年の全日本、オーシャン競技で最もスリリングな優勝争いをしたのが、男子ボードレースだ。実はこのレース、スタートから最終ブイを回るまでは、日本代表チームのキャプテンを務める長竹康介(西浜SLSC)と、全日本の舞台に帰ってきたボードの申し子、青木将展(湯河原LSC)の一騎打ちだった。しかし、先頭を行く2人がブイを間違え、大きく膨らんだコースを引いたため、後続艇が波に乗ってみるみる接近。10人ほどが固まって、波打ち際からのラン勝負に挑んだ。
ここで抜け出たのが地元で活動する小林 海(西浜SLSC)。青木を振り切り、全日本2連覇を達成した。高校3年生だった1年前は大粒の涙を流し、ヒーローインタビューにならなかった彼だが、今年は、
「スタートで失敗してしまったのですが、上手く波に乗れて良かったです。ブイを回ってからは、しっかりゴールだけを見ていました。ラン勝負になると分かったので、ボードから下りるタイミングを見計らっていました。うまくできたと思います」
と、しっかりした口調でレース展開を振り返るまでに成長していた。
惜しい勝利を逃した青木は、
「昨年は全日本に出場していないのです。カムバックでちょっと舞い上がっちゃって、コースを間違えてしまいました。戦友の康介くんとは、レース中にボードを漕ぎながら『良いレースができたね』と話していたのですが・・・。康介くん、すいません」
と、頭をかいた。
長竹は後続集団にブロックされる形で前に出られず、6位。大学生の坂本 類(波崎SLSC)が青木に続いた。
女子のボードレースはサーフスキーに続き、篠 郁蘭(新島LSC)が勝利した。
「今日は(波がなく)パドル勝負になると分かっていたので、コース取りでミスをしないように気をつけました。クラブは違いますが、西浜の勝俣(閑)や、高校生の(上野)真凜、新島LSCの後輩たちと一緒に練習して、皆で気持ちを高めました。ブイを回ってからは、後ろから小な波がきているのが分かっていたので、それを絶対にとらえて、あとはランを頑張ろうと。遠浅だったので、早めにボードから下りたのが良かったですね」
にこやかな笑顔で、3年ぶりの優勝を振り返った篠。切磋琢磨した勝俣 閑(西浜SLSC)は2位、3位にはインカレで日体大の優勝に貢献した、宮田沙依(飯岡LSC)が入った。
ボードレースでは思わぬ苦戦を強いられた長竹だが、オーシャンマンレースでは実力をいかんなく発揮し、貫禄の1位。レース後、展開を振り返ってもらうと、こんなコメントが返ってきた。
「スキーで良いスタートが切れたのが勝因の一つです。スイムは(西山)俊が速いので、追いつかれるなと思ったのですが、うまくついていくことができました。最後は僕が得意なボードなのでそこでかわして、と思い通りのレース展開ができましたね。オーシャンマンの優勝は、また格別です」
昨年、愛娘が誕生した長竹。娘を抱っこして表彰台に立つのは、一番高いところだけと決めているそうだ。レースを終えたチャンピオンは「また一緒に表彰台に上がることができます」と目尻を下げた。
見応えのあるオーシャンウーマンレースを制したのは、三井結里花(九十九里LSC)。インカレとの二冠を達成した。
「とにかくスキーがポイントでした。ここで離されたら、どんなにスイムが得意でも追いつけないので、とにかくスキーを猛練習しました。スキーで粘れれば勝算があると思っていました。たくさんの先輩方に教えていただき、一生懸命練習したスキーの成果が出て嬉しい。先輩方に感謝です」
と話す三井は、今夏、練習中にクラフトが当たり、右太ももに筋断絶を負った。「今でもまだ少し、凹んでいます」と言うが、ケガもほぼ完治し、伸び盛りのヤングパワーが爆発した。
三井とは反対にスイムが苦手というのが、名須川沙綾(茅ヶ崎SLSC)だ。スキーは首位だったが、スイムでは三井に逆転されてしまった。しかし名須川はここで踏ん張った。後続には川崎綾子(湯河原LSC)、毛利 邦(館山SLSC)、佐伯芽維(白浜LSC)、植松知奈津(湯河原LSC)などスイムに自信を持つ選手がたくさんいたが、彼女たちに抜かれることなくボードへ繋ぎ2位を守った。
3位は、2年ほど競技から遠ざかっていた三木玲奈(湯河原LSC)。順位札を手渡され、「あー悔しい! ソーリーに1位をあげたかったのに」と一言。
「今年は夏にしっかり練習ができたので、実は狙っていたのです。ただ実際にレースをしてみて、やっぱりスキーが少し弱かったと思います。泳力が弱い分、スキーでもっと前に行ってないと……。そこが敗因かな」
と三木。トップを狙う選手には満足のいく結果ではないかもしれないが、2年間のブランクを経ての3位は立派だ。
オーシャンマン/ウーマンは、不得意種目をどう克服するか、そして競技の順番をどう攻略するかで、順位が大きく変わってくる種目だ。それが競技の面白さであり、難しさでもある。オールラウンドであることに越したことはないが、苦手なものを一つ一つ克服する過程で、競技者として、ライフセーバーとして、そして人間としても成長できるのだと思う。
だからこそ、オーシャンマン/ウーマンの覇者は尊敬を集めるのだ。
チームのプライドをかけ
熱く、熱く燃えた団体種目
初日に4種目、2日目に1種目、計5種目行われた団体種目。各クラブが総力をかけて挑んだチーム競技は、最初に行われたオーシャンマン/ウーマンリレー(スキー→スイム→ボード→ラン)から、抜きつ抜かれつのデッドヒートが繰り広げられた。
オーシャンウーマンリレーでは、1種目目のサーフスキーで新島LSC(篠 郁蘭)、下田LSC(小松崎あゆみ)がリードしたが、続くスイムで湯河原LSC(河崎綾子)、西浜SLSC(坂本佳凪子)が逆転。そのままボードに繋げ、湯河原LSC、西浜SLSCの順番でゴール。3位には若手が顔を揃えた九十九里LSCが入った。
続くオーシャンマンリレー。勝浦LSC(篠田智哉)がスキーで飛び出したが、スイムで湯河原LSC(平井康翔)、九十九里LSC(石川直人)、館山SLSC(清水雅也)、西浜SLSC(長竹康介)が順位を上げ、接戦のまま3種目目のボードへ。先頭で戻ってきた湯河原LSC(青木将展)と、同じ波に乗る西浜SLSC(小林 海)の勝負は、アンカーのラン走者に託された。
トランジットが上手かったのは湯河原LSC(平松佑一)だが、ランの激走によりゴール間際で西浜SLSC(小田切伸矢)が逆転。地元の大応援団が歓喜の声を上げた
初日の最終種目。レスキューチューブレスキューでは、オーシャンマンリレーで惜敗した湯河原LSCが、逆転勝利で雄叫びを上げた。救助者役の西山 俊は、
「実は大会の2〜3日前に溺者役の瀧川(隆史)をガンガン怒ったのですよ。調整の仕方がなっていないと。結果的にはこの発破が効いたようですね。瀧川は軽いので、波に乗りやすい。今日もちょうど波が来て、スッと波に乗れたので差をつけることができました」
と、後輩の肩を叩いた。
2位の拓殖大学LSCとは僅差の勝負。ドラッガーの2人に話しを聞くと、
「僕はかれこれ5年ぐらいドラッガーをやっているのですけど、(西山)俊さんから『水際の魔術師』と呼ばれていて(笑)、ここは絶対に負けないと自信を持っていました」
と、深井俊光。スーパーガリガリくんと呼ばれる瀧川、日本代表の西山、そして深井と山下智也という水際の魔術師たち。2日目に向けて、気合いを新たにした湯河原チームの面々だった。
2日目唯一の団体種目ボードレスキューでも、逆転劇が見られた。救助者役のスイムが早かったのは湯河原LSC(平井康翔)。館山SLSC(鈴木陵平)、九十九里LSC(石川直人)、波崎SLSC(葺本康隆)の3チームはほぼ同じタイミングでブイに到達した。そこから猛烈な追い上げを開始したのが九十九里LSCだ。
「湯河原に追いついたのは、タンデムで半分ぐらい進んでからです」
と石川。救助者役の菊地 光は、
「オーシャンマンレースが終わってすぐだったので、けっこうきつかったですが、今できることを落ち着いてやろうと思っていました」
と息を切らした。菊地と石川はともに大学4年生。日本大学に通う菊地、神奈川大学で学ぶ石川は、良きライバルでもある。
「4年間一緒にやってきたライバルと、学生最後の全日本で一緒にレースができ、勝てて超うれしいです」
と菊地。4年間、ともに切磋琢磨した2人は、がっちりと握手を交わした。
対する湯河原LSCの平井と青木将展は、一緒に練習した時間はごく僅か。即席コンビと言っても差し支えないが、それぞれの持ち味を発揮して2位に食い込んだ。
「それぞれの種目で1位を狙える実力がある2人が組めば、勝算があると読んでいたのですが・・・」
と苦笑いする青木。その横で、
「これからの4年間でライフセービングをしっかりやります」
と答えた平井だった。
第38回全日本ライフセービング選手権大会。総合優勝は89ポイントで湯河原LSCが獲得した。2位の西浜SLSCとは僅か1ポイント差での勝利だった。3位は82ポイントで九十九里LSC。3チームともにCPRコンテストでもA評価を獲得しての表彰台だった。
総合成績が発表された瞬間、西浜SLSCの列の中にうつむく顔があった。競技委員長としてこの日に備えた荒井洋佑だ。今年11月、クラブ設立50周年を迎える西浜SLSCにとって、地元で開催されるこの大会にかける思いは、どのクラブにも負けないものがあっただろう。1ポイント差という惜敗に、
「俺が、私がもう一つ順位を上げていれば」と悔やんだ選手もいたはずだ。
だが、これも運命。50年の歴史の中には、同じような思いをした先輩たちもいたと思う。その思いを胸に、51年目の歩みを進めてほしい。
湯河原LSCにも、今年どうしても優勝した理由があった。
それは長年、本場オーストラリアのライフセービングスピリットを教え続けてくれた、同クラブの顧問、エルネスト・ステファンズ、通称ソーリーさんに、最高の誕生日プレゼントを贈りたかったからだ。
1999〜2002年の4連覇を含め、全日本優勝6回の湯河原LSCは2005年以来、優勝から遠ざかっていた。今年、80歳になったソーリーさんは、もちろんその時代も知っている。7年ぶりの古豪復活に、一番喜んでいるのはソーリーさんかもしれない。
「長年、私たちを指導してくださるソーリーさんが今年80歳になるということで、夏が始まる前から皆で絶対に優勝しようと、学生も社会人も一生懸命練習しました。その成果が出たと思います。7年前の優勝を経験したメンバーもいて、若手も育ってきて、とにかく嬉しいですね」
興奮冷めやらぬメンバーたちの横で、重責から開放されたクラブ長の田中健太は、ほっとした表情を見せたのだった。
=敬称略。
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