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最近ホットな救助機材、IRBって何?2015/09/04

Dissection of a IRB

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IRBという言葉や存在は知っていても、実態を良く知らないというライフセーバーは案外多いのではないだろうか?

そんなあなたも、この記事を読めばIRBの実態が把握できるはずだ。

サーフ90鎌倉ライフセービングクラブの松井宏泰さんによる、IRBの徹底解剖記事をお届けしよう。(LSweb編集室)

文=松井宏泰(SURF90鎌倉LSC)




日本では馴染みの薄いIRB

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レスキューだけでなく競技会のジャッジやコース設置にも欠かすことのできないIRB

 海水浴場開設期間が終了すると、ライフセーバーの夏は次のステージに移る。そう、“大会シーズン”だ。各地方予選、インカレ、全日本本選に加え地方オリジナルの大会と立て続けに競技会が続く。

 この競技会の時に、審判員を乗せて沖に浮かんでいる赤い船を見た選手は多いだろう。これが今回の主役、IRBだ。

 実はこれ、日本に十数艇しか無いため、大会会場でしか見たことがない人が多いかもしれないが、れっきとした救助器材であり、海水浴場のパトロールでも使われるべきものなのだ。

 今回は、この得体のしれないIRBとやらの魅力に迫ってみよう!

徹底解剖! IRB

 アイアールビー。発音からして謎な言葉である。

 正式にはこれ、英語名称の頭文字をとった略称で、Inflatable Rescue Boatの略称。直訳すると、空気膨張式救助船、というところだ。名前の通り、船の構造は、大きく二つに分かれる。

 一つは、空気で膨らませるゴム製の船体(写真の赤い部分)。人が乗り込む場所だ。この名称は「ポンツーン」という。足元の船底はラバーのクッション性のある素材でベルトがついていて、無理な体勢になっても足を引っ掛けられるため、船体がジャンプしてしまっても乗船者は飛ばされないのだ。

 船体後部には、ポンツーンで唯一固い「トランサムボード」という板がついている。船外機を取り付ける部分だ。

 そして、そこに付ける黒い塊が船外機。これが船を推し進める。船外機の推進力を発生させるプロペラ部分には、プロペラガードという安全器具が装着され、偶然水中でIRBの船底下に潜りこんでしまっても、プロペラによる巻き込まれ事故が起きないよう安全対策もしっかり施されている。

 ちなみに、船外機は、20〜25馬力の推進力があるものを使用するが、現在、日本国内では4ストロークエンジン(燃料はガソリン)しか入手できない。しかし、新規導入が少ないため国内では2ストロークエンジン(燃料はガソリンとエンジンオイルの混合)がいまだ主流である。

 その他にも救助船らしくレスキューチューブを装着するほか、荒波の中での操船にクルーが支えとする船首部から延びるロープ「バウロープ」や、転覆した際の復原に使用するロープなど、普通のゴムボートでは見られない装備も満載である。
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7月26日に進水した気仙沼LSCのIRB。赤と黄色のゴムボート部をポンツーン。船底にある黒いひも状のものがフットベルト。写真左上から延びる白いロープがバウロープ。写真右側に見える黒い塊がTOHATSUの船外機。船体後部にある船外機を取り付ける板がトランザムボード。撮影:松永祐

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SURF90鎌倉LSCの4ストローク船外機とプロペラガード。万が一、何かを轢いてしまっても、プロペラに巻き込まれることを防いでくれる。撮影:酒井いちろう。


IRBを動かすには?

 IRBは2人いないと操船ができない。

LSweb 一人は船の前方に乗る「クルー」。水先案内のほか、要救助者がいる時は救助や蘇生措置を行う。波が高い時にはボードの「ステイ」の時のように進行方向にアタックし転覆を防いだり、大会会場ではブイの設置・回収等も行う何でも屋だ。

 二人目は「ドライバー」。その名の如く操船の他に無線を持ち、陸とのコミュニケーションをとる。要救助者に近づく時にはセンチ単位での操船も行う、繊細な心の持ち主だ。

「いち早く救助に向かう」の考えのもと、ライフセービング競技にボードレースやサーフレースがあるのと同様、IRBもレスキュー機材である以上、競技会が存在する。

 IRBはオーストラリア、ニュージーランドをはじめ、世界的に活躍する救助機材の一つであり、ILSの国際ルールも存在する。

 オセアニア地区では、ライフセーバーが使用する動力系機材は今でもIRBが主流で、世界大会の一つの競技にもなっており、IRBだけの競技会も開催されていると聞く。YouTubeで「IRBレース」と検索してみれば、荒波に挑むたくさんの赤い船を見られるはずだ。
BPという石油会社がスポンサーになっている競技会の案内ページ。ちなみにニュージーランドのライフセービングクラブは74あるが、BPはそれらのクラブに合計で250艇のIRBを提供している

BPという石油会社がスポンサーになっている競技会の案内ページ。ちなみにニュージーランドのライフセービングクラブは74あるが、BPはそれらのクラブに合計で250艇のIRBを提供している

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RESCUE世界大会でのIRBレースシーン。オーストラリアなど南半球ではIRBレースが非常に盛んに行われている


IRBの現状—救助現場

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今年7月4日、シーバードジャパンのサポートを受け葉山LSCに導入されたPWC

 次に日本でのIRBの活用状況について見てみよう。

 ライフセーバーの主要な活動には、海水浴場監視活動、競技運営、競技会出場がある。

 まず海水浴場監視活動。近年、日本での動力付き救助機材は水上バイク(パーソナルウオータークラフト。以下、PWC)が主流となりつつある。

 そもそもはハワイアンライフガードによるレスキュー方法の開発と発展がきっかけだが、日本国内では一般社団法人ウォーターリスクマネジメント協会(WRMA)がPWCレスキュー公認資格を発行し、技術を普及させている。

 さらにシーバードジャパンという組織が立ち上がり、機材助成が充実してきたことなどが普及の要因としてあげられる。

 一方、本題のIRBは、国内のライフセービングクラブ17クラブで監視活動に運用されている(有志による調査結果)。

 しかし、IRBとPWCの配備割合をみてみると、IRB(回答36クラブ中11%)よりもPWC(同24%)が多いことが分かっている(JLAライフセービングシステム開発委員会まとめの2014年度活動報告書による)。

 このような状況をみると、IRBはPWCよりも救助機材としてデメリットが多いと考えられそうだが、本当にそうなのだろうか? IRBの利点を整理してみたい。

 IRBはPWCより速度は出ないし、大きな波に対しては突破力もない点がデメリットだ。

SURF90鎌倉LSCは七里ガ浜海岸のパトロールで運用している。危険航行するPWCを注意しに出動することがある。撮影:酒井いちろう

SURF90鎌倉LSCは七里ガ浜海岸のパトロールで運用している。撮影:酒井いちろう

 しかし、一度に4人(船体によっては5人)まで乗船できる。さらにラバー製で弾力性があり、要救助者にぶつかっても安全。
 加えて、意識のない要救助者をピックアップした際は、そのまま船上で心肺蘇生法を施すことも可能。こういった点は救助用機材としての利点であり、もっと認知され国内で普及してもおかしくないはずだ。

 ちなみに、筆者が所属するSURF90鎌倉LSCは、神奈川県鎌倉市七里ガ浜海岸で活動するクラブだが、これまでもクラブ内にPWC導入の議論がたびたび上るものの、現実的にはIRBしか運用できない。

 その理由は、倉庫のサイズに制限があるなかでボードなどの器材と一緒に格納可能(コンパクトで折り畳めば普通自動車でも可搬)、運搬の際に海岸と倉庫の3m近い高低差を上げ下げ可能(人間だけで運搬可能)、などの利点が上げられる。

 また、七里ガ浜海岸がサーフィンスポットということもあり、PWCが波を崩し、危険な運転でスポットに入ってくることが多かったためか、ローカルサーファーに受け入れられておらず、IRBのほうがレスキュー用の動力系機材として受け入れられている点も付け加えておきたい。

IRBの現状—競技会

ビブスを着用して審判中のIRBジャッジ。撮影:松永祐

ビブスを着用して審判中のIRBジャッジ。撮影:松永祐

 次に、競技会を見てみよう。

 オーシャン競技では必ず「IRBジャッジ」という役割が配置されている。この役割は、競技規則に則ってブイ設定を行うことに始まり、競技中は海上でのレースがルール通り実施されているかの審判、反則行為を見つけた際にはその連絡などを行っており、競技運営には欠かせない存在だ。

 また、「安全課」も同じテントを基地にして活動している。こちらは、 “Lifesaver of Lifesaver”と私が勝手に名付けているが、要は競技中の選手(ライフセーバー)の安全を守る係(ライフセーバー)だ。

 競技会の規模にもよるが、例年神奈川県藤沢市の片瀬西浜海水浴場で開催される全日本選手権を見てみると、両方の役割の総勢で30人くらいのメンバーが配置されている。

IRBジャッジ/安全課メンバーの全員集合写真。撮影:松永祐

IRBジャッジ/安全課メンバーの全員集合写真。撮影:松永祐

 ただ、これだけいるIRBジャッジ/安全課メンバーでも、IRBの操船をできる人数は1/4程度とみられる。

 この比率は、私の感覚では年々悪化している感があり、PWCを運用できる人材は増えているのに、IRBを運用する人材が増えていないという危惧がある。今後の大会運営を行っていくには、憂慮される状況だ。

 また、さきほど紹介したIRBレースは国内では行われていない。しかも、JLAから発行されている競技規則にも全く記載がない。
 今後、世界選手権へ出場を目指す人がいる場合に、技能を向上させる場がないということも、もう一つの憂慮される点なのだ。

近々、日本でもIRBレースが開催か!?

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全力で沖のブイへ。そこで素早く溺者役をピックアップしビーチへと戻る

 今年6月に鎌倉市由比ガ浜海岸で行われた、神奈川県ライフセービング選手権大会(以下、「KLF大会」)。開会式の横では、縦に2つのブイが2列配置され、IRBの前でイメトレに余念がない2つのチームの姿があった。西浜SLSC とSURF90鎌倉LSCのIRB乗りだ。IRBレースの幕開けである。

 開会式終了とともに、ホーンが鳴りスタート。年齢的な問題もあり、入水の迫力には欠けたかもしれないが、水際に浮かんでいるIRBに乗り込むと手早くエンジンを始動、全力で沖に向かった。

 そして1つ目のブイを360°まわり、さらに沖の2つ目のブイへ。そこで溺者役をピックアップ。一瞬の出来事だ。そして溺者役を乗せたまま全力で波打ち際に乗り上げ、ゴール。

 これは、国際ライフセービング連盟のIRB競技のルールに沿ったものだ。

 開会式に整列している選手からは良く見える距離で、迫力が伝わったのではないか。そこにMCの原田美樹さんと神奈川県ライフセービング連盟の前理事長 加藤道夫さんの解説が加わり、IRBの迫力がいっそう増大した瞬間であった。

 このIRBレース、今後の公式競技会でも実施される予定だ。

 実際、愛知県内海海水浴場で開催された種目別選手権大会で目撃した読者も多いだろう。これから始まる秋の大会シーズン。YouTubeで見たような、たくさんのIRBが海を駆けまわるシーンが見られるかもしれない!
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IRBレースのデモンストレーションは今後の公式競技会でも実施される予定

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デモンストレーション参加メンバー。西浜SLSC、ドライバー浜地、クルー橋本、ペイシェント(溺者役)長谷、SURF90鎌倉LC、ドライバー松井、クルー松永、ペイシェント竹花の6人


IRBをオペレーションしたいと思った、そこの君!

ニュージーランド大会IRB競技のコンピテンシーチェック(技術確認を兼ねた事前練習)。競技開始後も海況が大荒れだったため、この会場で競技は行わず、島の反対側の穏やかな会場へ変更になった

ニュージーランド大会IRB競技のコンピテンシーチェック(技術確認を兼ねた事前練習)。競技開始後も海況が大荒れだったため、この会場で競技は行わず、島の反対側の穏やかな会場へ変更になった

 各競技会のデモンストレーションを見て興味を持った君。

 「先ずは何をしたらよいですか?」と考えたと思うが、先ずは監視活動で運用しているライフセービングクラブに相談してほしい(IRBを所有しているクラブは後述)。

 また、近隣にそういった場や機会がない読者は、競技会のIRBジャッジ・安全課に参加してみてほしい。現在オペレーションしているメンバーがどうやってスキルアップしたのか、話を聞いて体験するのが一番だと思う。

 「あれ?操船には免許がいるんじゃなかった?」と言うあなた。全くその通りで、小型船舶2級の免許が必要だ。これはPWCを操縦する小型船舶特殊とは違い、講習の日数や試験の方法も違う。ただ、免許取得に着手するよりもまず、クルーでの体験が一番だと思う。

RESCUE98世界大会で田中さん(右)、増田さん(中)、筆者(左)との集合写真。競技前で若干緊張気味。この時のスポンサーもBP

RESCUE98世界大会で田中さん(右)、増田さん(中)、筆者(左)との集合写真。競技前で若干緊張気味。この時のスポンサーもBP

 そういう筆者もIRBをオペレーションしたい、操船がうまくなりたい、と思って競技会のIRBジャッジ・安全課に毎度のように参加して練習をさせてもらった。

 その時に技術を教わったのがJLAライフメンバーで一昨年亡くなられた田中裕さん。田中さんとは、1998年の世界大会RESCUE98ニュージーランド大会に一緒に出場もした。とても面白い経験で今でも良い思い出だ。

 それもこれも興味をもった時から始まって、今の私があるのだ。

 IRBをオペレーションしたいと思った、そこの君! せひ、IRBのあるクラブのメンバー、もしくは安全課テントに居るメンバーに声を掛けて、触れてみてほしい。今までと違うライフセービング活動が開けるはずだ。

現在、IRBを運用もしくは所有しているライフセービングクラブ及び団体

・下田LSC
・大竹SLSC
・大洗SLSCLSweb
・西浜SLSC
・柏崎LSC
・横浜海の公園LSC
・相良LSC
・榛原LSC
・SURF90鎌倉LSC
・SURF90茅ヶ崎LSC
・神津島LSC
・新島LSC
・岩井LSC
・神戸LSC
・愛知LSC
・気仙沼LSC
・バディ冒険団








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